黒木和雄監督シリーズ [DVD] | カラーテック <COLOR TEC>

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黒木和雄の初期三作品が待望のDVD化

黒木和雄とは

大学時代まで

黒木和雄は1930年11月10日に宮崎県西諸県郡飯野村(現在の宮崎県えびの市)で生まれる。父親が満州電業株式会社に勤務していたため、幼少期は旧満州(現在の中華人民共和国東北部)で過ごす。
飯野町の祖父母宅へ帰省し、旧制小林中学(現在の宮崎県立小林高等学校)へ進学、同中学在学中に終戦を迎える。在学中に校歌を作詞するが、この詞は現在も宮崎県立小林高校の校歌として使用されている。1949年に宮崎県立都城泉ヶ丘高等学校へ転校、同校卒業。恩師である山口聖二の薦めもあり、卒業後は同志社大学法学部へ進学する。

岩波映画時代

一度東映に所属するが、すぐに岩波映画製作所に移籍する。監督デビューは「ELECTRIC ROLLING STOCK of Toshiba」(1958年)という東京芝浦製作所(現在の東芝)のPR映画であった。その後も東京電力を題材にした「海壁」(1959年)と「ルポタージュ・炎」(1960年)、ウールのPRを目的とした「恋の羊が海いっぱい」(1961年)とPR映画を撮り続ける。特に北海道電力から依頼を受けて撮影した「わが愛北海道」(1962年)はミュージカル調の作品で、PR映画としては異色の存在として知られる。
黒木は「わが愛北海道」を最後に岩波映画を退社、その後は「あるマラソンランナーの記録」(1964年)など、ドキュメンタリー映画を中心に活動する。

青春群像二部作と戦争レクイエム三部作

劇映画の処女作となる「とべない沈黙」は1966年の作品で、当時としては前衛的な内容であったことから、制作元である東宝が配給を拒絶、学生運動・反戦運動の高まりの中で設立された日本アート・シアター・ギルド(ATG)が配給を行うことになる。黒木とATGはここから関係が生まれ、1960年代から1970年代に掛けて黒木が撮影した映画は多くがATGから配給されている。これら前衛的なATG配給映画の中でも「竜馬暗殺」(1974年)と「祭りの準備」(1975年)は、黒木の『青春群像二部作』として現在でもファンが多い。
その後、21世紀初頭に撮られた「美しい夏キリシマ」(2002年)、「父と暮せば」(2004年)は「TOMORROW 明日」(1988年)とともに『戦争レクイエム三部作』と呼ばれ、晩年の代表作となっている。
終戦間際の鹿児島を舞台にした「紙屋悦子の青春」(2006年)の公開を間際に控えた2006年4月12日、高島平中央総合病院で脳梗塞のため急逝。75歳の生涯を閉じた。

ラインアップ

弊社では黒木和雄作品の中からさまざまな事情で入手が困難になっていた初期三作品をDVD化しました。これら三作品は黒木和雄の代表作である『青春群像二部作』や『戦争レクイエム三部作』を形作る基礎となった名作です。

また、津川雅彦、加賀まりこ、小沢昭一、長門裕之、田中邦衛といった名優の若かりしころや今では脚本家として名高い蜷川幸雄の俳優時代、歌手である岡林信康の演技が見られる貴重な作品群でもあります。