ニック岡井氏スペシャルインタビュー | ソウルフリーク

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ニック岡井氏スペシャルインタビュー

ニック岡井氏は2007年11月11日に、亡くなられました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。以下は生前お元気な頃のニック岡井氏へのインタビューです。

このコーナーでは、今尚現役プレイヤーとして第一線で活躍中のステップマスター、ニック岡井氏のインタビューをご紹介していきます。
知ってるようで知らなかったニック岡井氏の素の部分なんかがわかるかも?!
このインタビューテキストの無断転載及びそれに付随する行為は固くお断りいたします。

第一弾

Q.ソウルミュージックとの出会いは?(惹かれる理由)

N.覚えてないくらい前。(笑) 38年前だ。青山にあった深夜スナックみたいな所のジュークボックスの前で踊ってるのを新宿にあるソウルのお店の店長が見てて「うちの店でバイトしないか」って誘われて行ったのが始まり。そこでソウルミュージックに初めてあった。

Q.それまではどんな曲を聴いていたのですか?

N.やっぱりねぇ、ビートルズとかベンチャーズとか。あと、フォークのPPM(ピーターポールアンドマリー)とか好きでよく聴いてた。動くことは好きだったよ。ただ、踊ってどーのこーのなんて全然考えてなかったから。なぜソウルミュージックに惹かれたのか自分でもわからない。自然にみんなで踊り始めたのがきっかけかな。身体が自然にね。

Q.好きなミュージシャン、アーティストはいますか?

N.たくさんいすぎる!! 雑誌の取材なんかでもよく聞かれるけど、その中で誰が一番いいかっていうのが一番困る。それぞれ良いとこあるから。うん、しいて言えば僕がソウルに入るきっかけになった人がいる。テンプテーションズのファルセット担当。エディ・ケンドリックスが好きで 「あ、いいなぁ」と思った。あとはやっぱりモータウン系が多いな。マーヴィン・ゲイとか。踊るんだったら、ジェームス・ブラウン!
※ファルセット falsetto[英・伊]裏声のこと。男声の声区のいちばん高い音域に現れる、細く弱々しい特殊な声区。

Q.以前は好きだったけれど嫌いになったアーティストはいますか?

N.それはない。それはないな。前から好きで、いなくなちゃった人は沢山いるけどぉ〜わははははは!もう死んでいなくなっちゃった人ね。一回好きになって、嫌いになるってことないでしょう。

Q.では、あまり気にしていなかったのに好きになった人は?

A.あ〜いるいるいるいる。プリンス(笑) 最初は気持ち悪くってさぁ、なんだこいつとか思ってたけど、、、今はすっごい好き。今でもかけるもん。ダンステリアで終わりの頃にパープルレインとかさ。

Q.DJを始めたのは?

N.やっぱり新宿のジアザーに行った時だけど、最初は自分達でかけるというかレジで全部やってたから。フロントの入口にレジがあって、その後ろにターンテーブルとレコードが置いてあるわけよ。アルバムずーっとかけながらレジ打ちしてた。そういう状態だったんだけど、そのうち中に持ってきはじめて、今みたいにミキサーなんかもないし、ターンテーブルも1台だけだったけど、どうせだったら自分の好きなものを続けてかけたいなって思った時からだね。当時のジアザーは、昼12時〜夜中12時までの喫茶店だったから、客層は日本人の予備校生とか、とにかく学生が多かったね。喫茶店のBGMだよ。それが週末になると、ソウルというか黒人のR&Bばっかりかけてたから、立川とか横田からだと新宿まで電車1本で来られるから、その界隈の米兵達が来てたよ。その頃くらいだ。

Q.昔のディスコ、今のクラブの違いはなんですか?

N.うーん。違いと言われてもなぁ。ただ言い方が違うだけで、僕は今でもディスコだと思ってるから。昔の人は本当にディスコっていうと踊りに行くっていう人ばっかりだったけど、今クラブっていうと踊りに行くためだけじゃないでしょ?みんなと会って音楽聴いて飲むところみたいな、僕らの頃は踊りがメインだったよ。

Q.ダンスクリエイターになったきっかけは?

N.っていうか(笑) 僕はダンスクリエイターじゃないよ(笑) ダンスクリエイターというか、好きな曲をかけたいっていうDJと同じで今度は好きな踊りを踊りたいってだけ。黒人達が踊ってるのを真似して踊ったりとかしてて、それをまるっきり同じには出来ないから自分に合うようにちょこっと変えてとか・・・。それがきっかけかな。そのうち3人でやって、3人で合うようなのを作り出してどんどんいろんな踊りを作っていった。

Q.その3人との出会いは?

N.クックという沖縄のやつは僕が高校終わりか大学1年のころ、青山で知り合った。「お前ら踊り好きそうだから一緒にバイトやれよ」って、ジアザ―のマネージャーに言われて、二人一緒にやってた時に遊びに来てたのが亜細亜大学の学生だったチャッキー。そこでまたマネージャーがお前ら3人感じが似てるし同じような体格してるから3人で踊れよ。って、それから始まった。年代も僕が一番上でその1つ下がチャッキー、その下がクックと近くて仲良かったよ。ジアザーのマネージャがプロデュースして、可愛い人よを出した時も彼が僕らのマネージャーをしてくれたよ。

第二弾

Q.昔はあって今は見かけなくなった、当時のディスコには欠かせないアイテム等はありますか?

N.ファッションはやっぱりベルボトムや、アフロヘアが多かったよね。ロンドンブーツみたいの履いて昼間からぶらぶら歩いてたんだから。それが普通だった。当時のディスコはフロアーとステージの段差があんまりなくて、ライヴが出来るところが多かった。ハウスバンドみたいなのが入ってるのが多かったね。
あとはフィリピンバンドが多かった。完全にコピーバンドなんだけど、彼らはソウルをやらせたらめちゃめちゃ上手いんだよね。彼らは向こうからバンドとして来てお店と何ヶ月とかで契約してチェーン店を回るんだよね。でも上手くなきゃダメ。
ある程度本物に近くないとお客がシラケちゃってダメだね。自分たちのオリジナルじゃなくてソウルのメジャーな曲のコピーはそっくりに歌うね。
ティナ・ターナーとかチャカ・カーンとかも来てたよ。ライブで来るんだよね。というか、今の1日だけのコンサートじゃなくて店が毎日やってるようなさ。箱で入っちゃうんだよ。ちょっと大きな店とかお金持ってるところが全部そうやって呼んでたんだよね。

Q.音楽以外に「ソウル」を感じるモノはありますか?

N.俺は感じるもの全てがソウルだよ(笑)。いいなぁと思うものは全部ソウルだと思ってるから。人間味のある音楽がソウルなんだよね。なんか人間味があるなんていうと大袈裟だけど、聴いた人とか見た人が感じるものがあればいいんじゃないかな?

Q.現在もかなりオモテになられるかと思いますが、若い頃のエピソードで今も忘れられない出来事ってありますか?

N.モテないよ〜別に(笑)モテたっていうか、テキトーだったね。(笑) 女の子なんて結婚する相手じゃないって、結婚するとかしないとか考えなかったよ。男が若い頃ってみんなそうだよ、みんなヤンチャ坊主だったからね。まぁ、でも踊ってればモテますよ結構。若い人からおばさんまで(笑)、女性の方から声をかけられる事もあったよ。でも話するより踊ってる方が好きだったからジアザ―の頃のクックとチャッキーと僕とで3人でやってた時なんかは、周りからあいつらは絶対男趣味じゃないかって、女に興味ないんじゃないかって思われてたし言われたよ。全然そんなことなくて3人とも女好きだったけどね(笑)今みたいにあんまり喋らなかった。わざわざお客さんを接待するみたいな事そういうのはあんまり出来なかったね。僕も、僕以外の二人もね。だから来てても好きなソウルをかけてあげて勝手に楽しんでくれれば楽なわけ。音楽かけたりとか踊ってるのを勝手に見てくれてるだけでいいなと思ってたから。あんまり深く考えてなかった。最初のうちは教えてくださいって言いに来る男も女もたくさんいたけど、教えなかった。
見て覚えてって。女性に対する接し方と同じで、教えたり喋ったりするのがあんまり好きじゃなっかたから、勝手に楽しんでくれればそれで良かったんだ。
そのうちみんな言いに来なくなったけど、店には来て一生懸命僕達の踊りを見て忘れないうちに同じように踊るんだけど全然違うんだよね。僕達が踊っている時に覚えようと、僕らの後ろや前で一緒に真似して踊ろうとした人達もいない。みんな見てるだけ。
もし一緒に踊るやつがいたらすぐ3人で踊りを変えちゃってた。やれるもんならやってみろみたいな世界でさ。真似して出来るんだったら勝手にやっていいけどそのかわりステップ踏んでも今みたいに同じ踊りをずっと踊ってないし、わざと変えちゃうの。次はバラバラでいこう!
とか変えて3人で楽しんでたんだ。
だから見て覚えるしかないんだよね。みんなが四苦八苦して、でも一生懸命覚えようとしてるの。面白かったよ。そのうち見て覚えた誰かが別の誰かに教えていって踊りが伝わるうちに、おもしろい事にだんだんだんだん違ってきちゃうんだよね。
そんなに簡単に踊れなかったけどなぁ?みたいな(笑)自分の踊りやすいように変わっていっちゃうんだよね。でも本当に好きなやつは自分で覚えてたね。1週間家で練習してきたとか言ってさ。だけどせっかく練習してきたのに踊り変わってた。みたいな(笑)
当時僕らのように踊っていたグループは日本人ではいなくて、イレブンPMのテレビ番組で大阪にソウルブラザーズって名前で行ったら、韓国から来たのか?って言われたよ。ソウル違いだっていうの!(笑)
だから米軍のキャンプではうけたよ。米軍の基地に行くと黒人兵士のバンドかフィリピンバンドのどっちかしかなかったから。日本人のバンドでソウルやってるのはまずなかった。
その時にドラムをやってたのはアリスに入った金五郎、ヤザワトオル(※欄外注)。あいつにジェームスブラウンの曲のドラムやらせたらめっちゃめちゃ上手いよ!その頃金髪にしててさ、彼はすっごく耳が良くて細かいところまでコピーできるから、キャンプの黒人からはすっごいうけた。けど、JBだけは長くて疲れるって言ってたね。
当時のバンド編成は僕ら3人とゴーゴーガールズみたいな女の子が2人、あとバンドが6人か7人いて、パッケージで基地の中に入るわけ。
FENで今夜このバンドはどこどこの基地ですってアナウンスされてたよ。
日曜日がファミリーデイで食事とか、平日はムービーナイトとかビンゴナイトがあって、週末が必ずダンスナイトだった。ソウルだけじゃないけど、僕らは必ず週末のダンスナイトとかソウルナイトに出た。
そのかわりバンドはひとつだからね。45分ステージ/15分休憩。それを1晩5回やってラストの1時間はぶっ通し。夜8時〜深夜1時まで。盛り上がれば2時までやった時だってある。45分間踊って15分の間にみんなメシを食うわけ。
それで急にすぐまた踊りだすからみんなお腹が う゛〜(汗)となる。3人で踊っていて、交代で後ろ(トイレ)に行く(笑)その間は2人でステージ上で踊ってる。
軍の中だから男性の方が多いけど、男同士では踊らないし、一人で来た男性は踊れないからダンスホステスという女性がたくさんいて、男性がその一人をエスコートして1曲踊る。1曲終わったらパートナーを変えてまた踊るから続けてメドレーのようにはかけられない。最後の方は疲れてきてバンドの連中なんかはアンプに寄りかかって曲もいくらでも延ばせるジェームスブラウンばっかりになる。でも僕ら3人は1曲を延ばされると踊らなきゃいけないからすっごい大変なんだよ!!3人が「可愛い人よ」のレコード出す時にバンドとは別れちゃった。最後の時基地の人にマネージャーやるから日本全国の米軍基地をまわらないかって誘われたんだ。だけど、その時のマネージャーに「いや、レコード出すからだめだ」って言われて断念した。そっちの方が本当はやりたかったんだけどね(笑)、とにかく東京近辺の米軍基地にはほとんど行ったよ。立川、横田、調布、朝霞、横須賀、相模原。
関東の基地をまとめてる音楽担当の人がいて、スケジュールを立てて基地をまわしてたんだね。佐世保とか三沢も誘われた事があったよ。その頃僕らは昼間新宿、夜に基地っていう事やってたから忙しくてあまり地方の基地には行けなかった。今はもう全然基地が縮小されてなくなっちゃったけど。レコード出した当初はまだ基地の方も平行してちょっとやってたから基地でやって、帰ってきて夜中青山でやって、朝寝ないで葉山マリーナ!っていうこともやったよ。葉山マリーナで「ライダーブルース」歌ってくださいなんて言われても、もう声が出ないよね。昔はバンドも昼間っからやってたよ。新宿のPGSっていう若いお客さんばっかりのところでやって、夜サンダーバード行ってアシベ会館行って。全部自分たちで楽器運ぶんだから!リヤカーに乗せて新宿の町をえっちらおっちらさ(笑)。ファンの人とか追っかけの子たちが荷物持ちますって言ってくれることもあったな。レコード出しちゃってからは3人でしか行動出来なくなっちゃって、そのままバンドとは終わっちゃった感じ。今も変わらずやってるのはもういないだろうな。音楽関係に携わってる人は結構いると思うけど。まぁ、金五郎が一番出世したかな、アリスに入ってさ。ソウルからフォークにはなったけど、ドラムとか音楽に対する感性は鋭くて、そう言う面ではアリスに入って正解だったんじゃないかな。歌わないけど音楽のセンスはすっごい良いヤツだから。
今、もしまたみんなが集まれたとしたら、みんなじゃなくてもクックとチャッキーと僕の3人だけでも集まれればやりたいと思うけど、、まず無理だね(笑)。
チャッキーはそれどころじゃないって言ってるし、クックは沖縄行ってどこに居るかわからないし。連絡取れたとしても、出来ないだろうな。もうみんなそれぞれ事情があるからね。
今の僕みたいにこうやってれば出来るよ!たまたま僕はまだこういうことやってるから。
僕の方がやりたいと思ってもみんなもう子供がいて孫がいて「それどころじゃないよぉお前〜っ!」て言ってるやつばっかりだから(笑)おじいちゃんの世界入っちゃったから(笑)。
クックはいまでも踊るの上手いよ。今3人で踊ってもきっとあうだろうな。自転車とか泳ぐ事と同じで一回覚えたら絶対こういうのは忘れないでしょ。昔は合図ひとつで全部やったもん。
いろいろなサインを作ってて、踊りながらそのサインを出すと次で変わらなきゃいけないの。
このサインは一回転、このサインは半回転とかって決めてさ。「あ・うん」だったね。ビシッと決まったし踊ってて気持ち良かったね。
見てる人たちにはわからないサインで、それも次の踊りに変わるギリギリに出してたな。
ポジションは踊りによって変わったし、それぞれ3人がサインを出すから踊りながらそのサインを見てなきゃいけなくて大変だった。
そういう意味じゃ真ん中が一番踊りやすいんだよね。両サイドさえ合ってれば間違えても真ん中だけ踊りを変えたのかなって思えるからね。そのかわり、端っこが間違えちゃったら最悪(笑)そういう時は、もし左端が間違えたら次にわざと真ん中も間違えるの、その次に右端がまたわざと間違える。そうすれば順番にそういう踊りをしてるんだって思えるでしょ。
「間違えやがってばかやろう」とか思いながら実はフォローしてる(笑)。その点では3人はすっごい呼吸があってたね。
昔のナベプロからも誘われたよ。当時のナベプロっていったら今のジャニーズ事務所みたいなところだったけど、それを「俺たちは俺たちだけでやる」って感じでマネージャーは断っちゃってさ。もし入ってたらディスコとかだけじゃなく全国的に売れてたかもね(笑)。
タイガースやジュリーが所属してて、よく来てたよ。あとスクールメイツなんかは毎日来てた。
僕らの踊りを一生懸命見て踊ってたね。

第三弾

Q.踊りは3人で考えるのですか?それともパートを決めてたのですか?

N.3人で決めてたよ。最初は僕とクックだけでずっと踊りを作ってた。
もともと踊りで入ったわけじゃなくって、ボーイとして普通にアルバイトしてて。
だけど店には黒人のお客ばっかリ来て、勝手に楽しんで踊ってるわけ。それを見ながら一緒になって踊ってたの。
そんなことしながら、いいのを思いつくとお互いを呼んで表に出て、ここをさぁこうちょっと変えて踊っちゃおうとか言って、それで二人で踊り始めた。
それをチャッキーが毎日のように来て見てて、チャッキーが途中から加わった。
踊りの基本的な部分って言ったらほとんどがその時に黒人の客たちが踊ってたものをこっちが見て学んだね。
一緒に動かないとダメだね。たまたま自分にあってたのかもしれないね。

Q.素敵なおじさまやおばさまたちのことを「やんちゃ」「おてんば」と言うのを聞いた事があるのですが、「やんちゃ」「おてんば」について教えてください。

N.ワルガキだなぁ。ワルガキ。
やんちゃって言われたって、具体的にどーのこーのってないからさあ。今の人達に通用するのかな?僕らはわかるよ、そういう状態っていうかさ、やんちゃって言葉がどんなもんかってわかるけど、今の人達にやんちゃって言ったって、なんだそれ?で終わっちゃうんじゃないのかな。おてんばにしても。言葉で説明するのはむずかしいよね。当時の人は知ってると思うよ。ああそうかああいうことかってわかるけど、言葉に出さないからね。言葉ではどう言っていいかわかんない。女の子に対してもやんちゃな子って使ってたからな。
今言うやんちゃってどんなのかわかんないけど、今も昔も意味合い的には同じだよね。いたずらっことか、ワルガキみたいな。
決して悪(ワル)じゃないんだよ。悪い事じゃないんだよね。本当の悪(ワル)じゃないからね。バカやってんなよみたいな。くっだらねぇことやってるやつとかさ、普通の人がやることと違う事やってるやつとかさ。ちょっと外れてるやつ。
極端に外れちゃダメなんだよ。その世界に入っちゃうから。良い事でも悪い事でもちょっとズレてるやつとかさ。そういうやつのこと言ってるんじゃないかなぁ。
そう言う時にやんちゃって言葉使ってたよね。男に対しても女に対しても。子供も大人も同じじゃないかな。
バカやってるなっとかテキトーにやってるなとか思うんだけど、反面同じようなことを自分もやってみたいなっていうのがあるんだよ。人と違うってところで注目浴びるしね。良い意味で自分にないものだからちょっとあこがれみたいなのがはいってるんだよ。そのへんがやんちゃとかおてんばとかなんだろうね。良い意味でやんちゃとおてんばが伝わればおもしろいよね。なかなか言葉では具体的には説明できないし、良い意味に持っていくのも大変だけど。
僕はやんちゃなままここまで来たって感じ。今でもやんちゃ。
それは自分でも思うよ。だって普通のことやってないも〜ん、50過ぎてぇ〜(笑)。それ自体やんちゃじゃない。

Q.今でもやんちゃなニック岡井さんのことをずーっとファンでいる人たちに、何か一言メッセージをお願いします。

N.一緒にソウルを聴きながら踊ったりして楽しんだら一番良いと思います。 それが僕は一番の、自分にとっても楽しいし、ソウル好きな人にとっても踊ったり、みんなでソウルのこと話たりするのが良いんじゃないかなと思う。これからも元気なかぎり今までみたいにやんちゃにやりますから、やんちゃな人やおてんばな人はぜひ来て下さい。

今日はどうもありがとうございました。

ヤザワトオル……矢沢透のこと。谷村新司・堀内孝雄らと結成していたフォークグループ「Alice」のドラマーで、現在は実業家である。また、本文中の「金五郎」は正確には「(柳家)金語楼」。矢沢は当時絶大な人気を誇った喜劇人である柳家金語楼に似ていたことから「キンゴ」「キンちゃん」という愛称で呼ばれている。